気まぐれエンジニア日記

ひよっこエンジニアの雑記

0でない面積を持つ曲線

この記事は, みす51代Advent Calendar 2017 - Adventarの15日目のために, 書かれたものである. 大学初年度向け (初学者向けとは言ってない) に測度論 (測度論 #とは) の側面から面積について述べたものであり, 前提知識を必要とせず(数学者の常識は使う) 読むことができるよう配慮した(配慮するとは言ってない).

...なんていうような書き出しが数学書によくありますよね. もう嘘つくのはやめてくれといったかんじ, うん. ここでは, 題名の通り, 0でない面積を持つ曲線についてつらつら書いていこうと思います.

 

さて, 

面積とは何か

ということについてちゃんと考えたことはありますか?

 

ありませんよね, あったら変人です. はい, 私は変人です. 

なんか場所があったら広いな狭いなとか, あるいは長方形の面積は, 縦×横 だとか, 高校生なら積分だなあとかそんな感じだと思います. 



面積を数学として扱うためには測度論というものを考えます. 測度論とは, 簡単に言えば, 集合に対して数を割り当てようというものです. たとえば, 長方形という点の集合には縦の長さと横の長さの積を割り当てましょう, 半径 rの円版という集合には \pi r^2を割り当てましょう, としたわけです.
定義をちゃんと書いてみることにしましょう. 今いった数字が割り当てられる集合たちには, 少し条件が必要です. この条件を満たす集合たちはσ加法族と呼ばれます.

定義1 σ加法族
全体集合を \Omegaとする. 空でない\Omegaの部分集合族 F\subset \mathcal{P}(\Omega):=\{\omega|\omega\subset\Omega\}がσ加法族であるとは次を満たすことを言う:
 A\in F\Rightarrow A^c:=\Omega\backslash A\in F
 \displaystyle\forall n\in \mathbb{N}, A_n\in F\Rightarrow\lim_{n\to\infty}\bigcup_{k=0}^{n}A_n\in F

このうえで, 全体集合\Omegaに対するσ加法族 F上の測度 \muを次のように定義します:

定義2 測度
全体集合を \Omega, \Omegaのσ加法族を Fとする.  \mu:F\to[0, \infty)がσ加法族 F上の測度であるとは,
 \forall A, \forall B\in F, (A\cap B=\emptyset \Rightarrow \mu(A\cup B)=\mu(A)+\mu(B))
を満たすことをいう. このとき, 3つ組(\Omega, F, \mu)を測度空間という.

測度というのは, 正値であることと共通部分を持たないなら和に分かれることの2つの単純な条件なのです. 集合に対して数, 特に正の実数を割り当てるというニュアンスが伝わったのではないでしょうか. この測度について, 次の系が直ちに従います.

系3 集合の包括関係と測度
(\Omega, F, \mu)を測度空間とする. このとき,  \forall X, \forall Y\in F, (Y\subset X \Rightarrow \mu(Y)\leq\mu(X))


測度論の準備が終わったので, ここからは面積について考えていきましょう. 全体集合\Omegaを2次元平面\Omega :=\mathbb{R}^2とし,  F:=\mathcal{P}(\mathbb{R}^2)としましょう. このとき,  Fがσ加法族であることはすぐに確認できます. このうえで面積なる測度 \mu:F\to [0, \infty)は測度の定義の他に, 次も満たすべきであろうとして約束をします:

定義4 面積
 (\mathbb{R}^2, \mathcal{P}(\mathbb{R}^2), \mu)を測度空間とする.  \muが面積であるとは, 次を満たすことをいう.
 \mu([0, 1]^2):=1
\forall  A, \forall B\in\mathcal{P}(\mathbb{R}^2), (A Bが合同\Rightarrow \mu(A)=\mu(B))

ここで出てきた合同なる概念は, 中学生で扱っていたものです. 回転移動と平行移動の組み合わせによって, 完全に一致させることのできる図形(集合)のことを合同であると言っていたんですよね. 2次元ユークリッド平面の回転移動は線形代数でも扱った行列(線形写像)で書くことができたし, 平行移動も r \in \mathbb{R}^2だけ移動する写像 f:\mathbb{R}^2\to\mathbb{R}^2は,  f(x)=x+rとして書くことができます. すなわち, 合同なる概念は写像によって定式化できることに注意しましょう. ようやく, 今まで当たり前に使ってきた次の命題が証明できることになります.

命題5 長方形の面積は 縦×横
 a, b >0とする. このとき,  [0, a]\times [0, b]の面積はab.

ここまで準備を進めると, 次の定理が証明できます.

定理6 線分の面積は0
 a >0, b\in\mathbb{R}を勝手な定数とする.  f:[0, 1]\to \mathbb{R}^2 f(t) := (0, at + b)とおく. このとき,  f([0, 1])の面積は0.

線分の面積は0なので, a\to\infty, b\to-\inftyの極限を取った直線の面積も0です(参考 : 定数は定数に収束する).

では, 曲線の面積も0なのでしょうか.

線なのだから面積は0だろうとすぐに考えてしまいがちですが, どうもそうではないかもしれないというのが本題です.

図のように(式でちゃんと書いてもいいですが, めんどくさいので), 再帰的に定義される連続写像g_n:[0, 1]\to[0, 1]^2n\to\inftyの極限を取ったもの \displaystyle g:=\lim_{n\to\infty}g_n [0, 1]^2全体を埋め尽くしてしまいそうです. 先の測度の定義によれば, 面積というのは集合に対して1つ決定される写像だったのですから,  g([0, 1])=[0, 1]^2なら, 曲線g([0, 1])の面積は [0, 1]^2のそれと等しく1となりそうです. このようにして, 0でない面積を持つ曲線もありそうだということが示唆できます.

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図. 左上から右下にかけて2行にわたって, それぞれ g_1([0, 1]), g_2([0, 1]),g_3([0, 1]),g_4([0, 1]),g_5([0, 1]), g_6([0, 1])を表す.


実はこの論には飛びがあります. それは連続写像g_n:[0, 1]\to[0, 1]^2が関数として収束するような連続写像 \displaystyle g:=\lim_{n\to\infty}g_nは本当に存在するのかという問題に答えていないことです. 加えて,  \displaystyle g:=\lim_{n\to\infty}g_nが仮に収束するとして, その像は[0, 1]^2を本当に埋め尽くすのかという問題も残っています. これらの問題は, 今議論してきたことに対する非常に重要な点であることに注意しましょう. この問題が解決されなければ, 0でない面積を持つ曲線とされるこの例の存在そのものが否定されるのですから, 議論は振り出しに戻ってしまうのです(定理6によれば,  \displaystyle g [0,1]^2の部分集合なる有限本の線分だけを埋め尽くせないだとか, 有限の点だけをを埋め尽くせないとかなら, 実は問題がないのだけど). 現在では,  \displaystyle g:=\lim_{n\to\infty}g_nなる曲線が存在して, しかもその像が[0, 1]^2を埋め尽くすというのは, ある種公理的に認めるという立場もあるようです. これは円周率 \piなるよくわからない数が本当に存在するのか, という問題にも少し似ています.



今回の話では, 0でない面積を持つ曲線はあるとしても良さそうだ, という程度までしか言えません. しかしながら, 「面積とは何か」という問に答えることは難しく, この問は愚問ではないということはよくわかってもらえたと思っています. 大学1年生には, こんな話もあるのだというのを片隅に入れて, 積分学を楽しんでもらえることを願っています.